うらを見せ おもてを見せて 散るもみじ

投稿日:

たま鑑
 うらを見せ おもてを見せて 散るもみじ

江戸後期の禅僧、良寛和尚の辞世の句です。
良寛は越後の出雲崎で、生活に密着した詩や歌をたくさん残しています。
この句には、最後を看取ってくれた貞心尼への感謝が込められていると言われます。

さらに、この句には続きがあって、

 散るもみじ 残るもみじも 散るもみじ

仏教的無常観をたったこれだけの字数で、見事に表しています。
あらゆる命には限りがある。
限りがあるからこそ、充実した生をいきようとするのだ、と、
この句に教えられます。

今日はこれから、在校生の保護者のご葬儀に伺います。
実は今年度に入ってお二人目。
お二人ともまだ40代と本当にお若く、
お嬢様も未成年なのですから、
さぞや心残りもおありだったでしょう。
ご家族が献身的に看護をなさっていたことを存じているので、
残されたご家族の悲しみもいかばかりか…と
お察し申し上げます。

私の父が亡くなったのは、私が28才の時でしたが、
今でもよく思い出します。
子煩悩な人で、私と妹が三輪田学園に入学することになったのは
父の「三輪田学園にしなさい」の一言が原因でした。
勤労動員先の工場で見かけた三輪田生が、清楚でとてもすてきだったと言っていました。
中学時代の恩師の奥様やお子様が、三輪田学園のご出身だったというのもご縁でした。

父が亡くなった年にもうすぐなろうとしている今、
良寛の紅葉の句を思い出しながら、命が受けつがれるということは
どういうことだろう…と考えます。
また、父を思い出すことが何よりの供養と考えて、
いつも「お父さんだったらなんていうだろう?」と自問自答しています。

私は浄土教美術が大好きで、ずいぶん多くの仏像や阿弥陀堂を拝観してきました。
そのたび、「この造寺・造仏を発願した人は、死を畏怖していたのだろか?」と考えます。

紅葉の頃の三千院の阿弥陀堂(往生極楽院)の美しさは息を呑むほどですし、
           〈6月の往生極楽院 深緑も美しいです〉


〈苔の美しい三千院の庭園 ここはもう極楽浄土の一部〉

浄瑠璃寺では春分・秋分の日には九体阿弥陀堂の中央に日が沈む用に設計されています。

〈浄瑠璃寺九体阿弥陀堂〉


死への畏怖だけでなく、来世への期待が浄土教美術を荘厳にしている
のです。
平安時代の人にとって、死は、次のステージへの出発点だったのかもしれません。

中世以降「穢れ」の思想が広まり、死は最大の穢れになってしまいましたが、忌むべき対象と考えることが死への畏怖を強めているように思います。

中高生にいのちの終わりをきちんと教えることはとても難しく、今、道徳や高一の地理Aの中で、少しずつ取り組んでいます。

「限られた時間だから大切に生きる、活かされている自分を意識する」
宗教に関係なく、そういうことを生徒にきちんと伝えたいなと思っています。