ラビット・ホール?

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たま鑑
昨日で中間考査は終わり。
試験が終わったところで、中3・高1・高2は来年度の選択科目の説明会がありました。
中3は翌年芸術を美術・音楽・書道のどれを選ぶか、という選択ですが、
高1は進路を見据えた文理の選択、高3に至っては、選択次第で志望する大学を受験できなくなる可能性もあり、皆真剣です。
これからしばらく、職員室は進路や選択相談の生徒で賑わうでしょう。
ご家庭でもご両親に相談に乗っていただく場面も多くなるのでは。

先日の教育サロンでも進路選択の話題を取り上げ、「高校の段階で親ができるのは自分の経験に基づくアドバイスと、基本は見守りです。」
と、お話ししたところです。
「進路選択の前提は子どもの自立です。」とも申し上げましたが、
子どもの自立と平行して、親も自立しなければならないと思っています。
しかし、それは頭で理解していても、特に母親にとっては難しいと実感しています。

我が家には娘と息子がおり、息子は就職して独立して暮らしています。
この子は本当にやんちゃで手のかかる子で、子どもの頃はトラブルメーカーとして悩みの種でした。

ところが先日、こんな夢を見ました。
その息子が穴に落ちたと誰かが呼びに来たので行ってみると、
幼稚園の年長だったころの息子が本当に穴の中にいるのでした。
「そこで何をしているの?」と聞くと、「出られないから、騒いでも無駄だと思ってじっとしていた」と。
夢の中の私も一緒に狭い穴に入って、出られなくなっているのでした。
で、目が覚めると、なんと、滅多に連絡をよこさない息子から久しぶりにメールが来ているではありませんか。
「仕事が忙しくて買い物に行けない」という内容だったので、そそくさと買い物に行き、お米やら缶詰やらを箱に詰め込み、宅急便で送ったのでした。

「待てよ、これって、夢の続き?」

手放したつもりの息子からちょっとメールをもらっただけで、
何か役に立てそうだとウキウキしている私。
どうやらラビット・ホールから出られないのは息子ではなく、私のようです。

子どもを持つことは大きな責任を持つことであり、その責任は子どもに対してであると同時に、社会に対してもあるものだと思います。
子どもが無事に自立すれば任務は完了し、重荷から解放されるはずなのに、
ラビット・ホールから出られない、いや、出たくないのかもしれません。
これでは保護者の皆様に偉そうにお話しできませんね。

以前見た映画『ラビット・ホール』は、ニコール・キッドマン主演の
喪失と復活をテーマにした感動作でした。
事故で子どもを失った悲しみで、ラビット・ホールに閉じこもったかのように心を閉ざす母親が、徐々に自己を取り戻していったのは加害者の青年との交流の中でのことでした。

子どもを持つことで、様々な困難や問題に直面し、親も戸惑ったり、時には絶望することさえあります。
しかし、それを補って余りある喜びがあることも事実です。
一緒に問題を乗り越えていく中で、親自身も成長していくことも事実です。

「これからも大変なことがあるかもしれないけれど、死ぬまで親であり続けよう。
子どもを持つ喜びは、子どもの自立とともに終わるわけではないのだから。」
と夫と話し合っています。