「親」であること

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たま鑑
今日は期末試験3日目。
明日一日頑張れば、夏休みは目前です。

夏休みは生徒が家にいる時間がふだんより長くなり、
その分、親子で一緒にいる時間が多くなることでしょう。
ならば、お互いを理解し合う絶好のチャンス。
「最近、学校のことをあまり話してくれない…」と思っているなら、
このチャンスを利用しない手はありません。

先週の水曜と土曜、第2回教育サロンを開きました。
基調講演のテーマは〈今、改めて読む『親業』〉でした。
『親業』はトマス・ゴードンの著書゛Parent Effectiveness Training ゜を翻訳したもの。
コーチング的手法を用いて、より良い親子関係を築く方法を示してあります。
日本でも1980年代初めから親業訓練講座が開講されていますから、ご存じの方も多いでしょう。

私たちは親になった瞬間から、子どもに対する強い責任感を持つようになります。
人間は動物の中で最も無防備な状態で生まれ、一人前になるまで時間がかかります。
その間、親は子どもをせっせと世話し、独り立ちの準備を手伝います。
それは当然必要なことですが、その責任感のあまり、自分にも子どもにも完璧を求めていないでしょうか。
親は「神」ではなく、「生身の人間」であることを示すことが、子どもにとっての救いになることもあるでしょう。

そもそも「親」とは何でしょう?
子どもが生まれれば誰でも親になりますが、子どもが育つ上でどのような関わりが「親」として必要なのでしょうか?
そういった親の悩みに、一つの答えを与えてくれるのが『親業』です。

親業には3つのポイントがあります。
1つは聴き方。子どもが続きを話したくなるような能動的な聴き方をします。
「ふんふん、それで?」「あなたはどう思ったの?」
子どもが何か問題を抱えていると感じたとき、上手に引き出してあげることが大切です。子どもの訴えを否定しないでまず聞くこと。
でもこれって、けっこう難しいのです。

2つめは効果的なメッセージの送り方です。
お説教や非難、命令などではなく、子どもの行動を親がどう感じているかを
「わたしメッセージ」で伝えます。
「あなたの帰りが遅かったから、お母さん心配したのよ。」という感じです。
これもつい、「何で遅くなったの!門限過ぎてるじゃない!」となりがちですね。

3つめ、親子で意見が対立し、折り合いがつかない場合の対処法として、勝負なし法があります。
親子のどちらかの意見を通す(勝ち負けを決める)のでなく、両方が歩み寄ることによって妥協点を見つけるのが勝負なし法です。

これらを実践するには時間がかかり、最初のうちはなかなかうまくいきません。(実感です…)
また、実生活の中で、すべてこの方法で話が片付くかというと、
そうでもないな…と思うこともあります。
しかし、めげずに続けていくと、何となく、最近子どもとうまくいっているな…と感じることが出てきます。
それは、これらの方法が上から目線でなく、子どもと対等の高さで目線を合わせようとする対処法だからだと思います。

子どもが大きなトラブルを抱えると、親もそのトラブルに一緒にはまってしまい、そこから抜けられなくなることがあります。
しかし、その問題は誰が所有しているのかによって、親は対応を変えるべきなのです。
子どもの問題は子どもが解決する。このとき親は聞き手です。
親の問題で子どもの行動を修正したいとき、親は話し手です。

親業で示される対応は、子どもは子ども自身の人生を歩み始めているのであり、親は発達の援助者であると理解していることが前提です。
これは私たち教員にも求められることで、子どもを従わせることが教育の目的ではなく、考えて行動できるようにすることが本当の目的だと思います。

親であることの難しさに押しつぶされそうに感じることもありますが、
初めて胎動を感じたとき、
あるいは生まれたての我が子を胸に抱いたときの感動を思い出せば、
大抵のことは頑張れるかな…と思います。