夏休みが始まりました

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たま鑑
今日からいよいよ夏休み。
初日の今日は、朝から思ったほど暑くならず、運動クラブの部員も
元気に活動しています。
補習や三輪田祭の準備のために登校した生徒も、充実した活動ができたようです。
昨日の終業式で話したことですが、学校の夏休みは冷房のない時代のなごり。そこにお盆や藪入りなどの日本的慣習が加わって、生まれたものです。
とすれば、現代における夏休みの意義とは?
ふだん細切れの時間の中でできないことを、ドンとまとめてやること。
2学期からまた元気に勉強や活動するためのエネルギーチャージの期間でもありますね。

さて今日は溜まっている仕事を片付けようと張り切っていましたが、
そういうときに限って、校長室の乱雑な本棚が気になってしまい、
とうとうお掃除を始めてしまいました。
校長会の会報やら教育研究誌やらごちゃごちゃとある中に、
なぜか2010年の「WEDGE]4月号が混じっていました。
いつも買う雑誌ではないので、何でだろう…と読み始めると、
わかりました。
「トップランナー」というコーナーに、中川志郎さんの記事が掲載されていたのでした。

中川志郎さんは、日本動物愛護協会理事長、多摩動物園や上野動物園の園長を長年勤めたことで有名な方です。
残念ながら昨年のちょうど今頃亡くなられました。
中川さんは動物の子育てを通して、人間の子育てを考える著作をたくさん書かれています。
この記事も『動物にできて人間にできない子育てって』というタイトルです。

動物の子育てからうかがわれるのは、生物としての原点、つまり個体の成長や群れの安定を実現させるためにはどうしたらよいかということが、長い進化の過程で遺伝子情報として記憶された結果だと中川さんは述べています。
その記憶や情報を発現させるには、生まれてから生物的学習、生態学的学習が必要です。
生物学的学習は、赤ちゃんの時の母親との密着状態の中で行われ、
その結果母親との間に強い信頼感が生まれる。
この信頼感を元に母親の行動を真似ることで生きる術を学ぶ。
これが生態学的学習です。

人間が他の動物と違うのは、生物学的学習と生態学的学習の先に、「体外脳」を持っていることだと中川さんは指摘します。
「体外脳」とは、固体が蓄えた知識や経験を、データとして他の人が使えるように蓄積したもの。
人間が文字を持つようになったからこそ、可能になったことです。
これによって個体の死によって知識や経験がリセットされることなく、
他の人間に伝えられていきます。

これは素晴らしい進化であるのですが、
生物学的学習と生態学的学習なしに、体外脳だけで生物としての本能をカバーすることはできない、と中川さんは述べています。
教育により大脳皮質に教え込まれた情報を、大脳皮質で否定することは簡単。
一方、子どもの頃に愛されたことで身体に染みついたものは、たやすくは変わらない。
子育てにおいても、人間と他の動物とは別だと考えるのは、人間の傲慢さかもしれません。

動物たちには育児書も保育所もない。
けれども、若い母親も経験の豊かな母親も群れの中で共に子育てし、
そのようすを見ながら子どもたちが育っていきます。
「体外脳」がなくても、親と子の関わりの中で、大切なものをちゃんと受け渡しているのです。
私たち人間も、ICTの発達よって巨大化する「体外脳」に依存しない子育てを考えていかなければならないと思いました。

というわけで、今日のお掃除はとても有意義なものになったのでした。
そのかわり、予定の仕事は半分しかできませんでしたが…。