中1追分合宿 に組

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たま鑑
今日は、に組の追分合宿第3日目。
朝から好天に恵まれ、追分宿の散策に行きました。

追分宿は江戸時代の五街道の一つ・中山道の、江戸から20番目の宿場。
街道の分岐点ということもあって、大いに繁栄していたそうです。

私にとっては一年ぶりの追分宿。
多少整備が進んだようですが、江戸時代の繁栄の面影はなく、のんびりとした風情は変わりません。
途中、昨年はトウモロコシや大豆、そばなどを栽培していた畑が、今年は荒れ地になっているのを見かけました。
畑を耕作していた方が高齢になって、畑仕事を断念なさったのでしょうか。
日本の農業の将来の姿を垣間見た気がして、ちょっと寂しくなりました。

それはさておき、今年は宮崎駿監督の映画『風立ちぬ』でも取り上げられ、静かに注目されている作家・堀辰雄。彼の終焉の地が記念館となって、ここ追分宿にあることは、以前ブログに書きました。
映画の影響か、月曜の朝なのに例年より観光客が多いようでした。

寮を出発してから、まず宿場はずれにある一里塚を見学します。
現在の国道18号線の両脇にあり、ちょっとした茂みの中にあるので、
見過ごしてしまいそうなものですが、江戸時代の街道に築かれた里程標です。
そこから宿場の入り口にある常夜灯(江戸時代のもの)を見学してから、
芭蕉の句碑のある浅間神社に行き、その先の追分郷土資料館へ。
資料館では学芸員さんに追分宿の歴史についてお話を伺いました。
資料館には、江戸時代に参勤交代で大名がこの宿場の本陣に止まったときのメニューや、枡形茶屋つがるやの帳場を3分の1スケールで再現した部屋などがあり、また、有名な追分節を聞くことができるのも魅力です。
今回の特別展示は軽井沢測候所開所90年記念ということで、浅間山の噴火の様子や観測に関する資料を見ることができました。

          追分宿郷土資料館の前で集合写真 

そこから歩いて5分ほどのところに、堀辰雄記念館があります。
こちらは今、『風立ちぬ』でもちきり。(そりゃそうですね…)
例年より多くのお客さんで賑わっていました。
展示室には、堀辰雄の自筆原稿や手紙などの他、映画に出てくる菜穂子のモデル・矢野綾子さんが描いた油絵なども展示されていて、
『風立ちぬ』の世界にどっぷり浸ることができました。
先日のブログに、「堀辰雄の作品は今の生徒たちはあまり読まない」と書きましたが、今回の映画と追分合宿で興味をもって読んでみたという生徒が複数いて、ちょっとびっくりしました。
あのテーマが理解できたかな?
何にしても、興味をもって読んでみようと思うのはいいことです。

堀辰雄記念館をでて少し歩くと泉洞寺があり、その裏に堀辰雄が愛した小さな石仏があります。
歯痛地蔵と呼ばれていますが、地蔵ではなく、たぶん如意輪観音?
でも、頬をを押さえるポーズが「歯痛」の名にふさわしい像です。

                      かわいらしい歯痛地蔵

次は歯痛地蔵の前から墓地の中を通って石塔が集まっている公園を抜け、
分去れに行きます。
ここは中山道と北国街道の分岐点で、その地形と石像物がそのまま残されています。石碑の一つに、このような文字が刻まれています。

「更科は右 み吉野は左にて、月と花とを追分の宿」

月の名所・更科へは右側の北国街道を、桜の名所・吉野へは左側の中山道で…ということですが、
「月と花とを追い分ける」とは、なんと洒落た言い回しでしょう。
中山道はもちろん、北国街道も重要な脇街道。
参勤交代の行列も通ったでしょうが、庶民もこの道を通ったはずです。
北国街道を北に進むと善光寺があり、中山道は伊勢神宮に続く道。
旅が今のように安易でなかった時代、おそらく一生に何回もできない長旅に出た旅人たちは、この碑を見てどんな感想を持ったでしょうか。

その後、江戸時代の茶屋の面影を残す、枡形茶屋つがるやの前を通り、寮に戻ってきました。

午後からは、校庭でスポーツ大会です。
浅間山が美しく見え、秋の気配を感じさせる爽やかな一日でした。