中1追分合宿 は組

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たま鑑
今日は,は組の追分合宿第2日目。
バスで浅間山方面に出かけます。

最初に見学するのは嬬恋郷土資料館。
この資料館は、浅間山天明の大噴火の時に土石なだれで埋もれてしまった鎌原村(現在は嬬恋村大字鎌原)にあります。

鎌原にある観音堂の石段は現在15段しかありませんが、
昭和54年の発掘調査の結果、全部で50段あったものが、浅間山の押し出しによって、その3分の2が埋まってしまったことが分かりました。
私たちが立っていた地面は、そのときの堆積した土砂の上、ということです。
また、この調査の際、2人の女性の遺体が発見されたことも有名です。
若い女性がおばあさんを背負った形で、階段の一番下の段に折り重なっていたそうです。
若いおかみさんが年老いた母親を背負って逃げる途中で土石なだれに巻き込まれてしまった、ということでしょうか。
もう5分早く逃げ出せば、あるいは、年老いた母親を見捨てて一人で逃げれば、若いおかみさんは50段の階段を登りきれたかもしれない。
でも、おばあさんを見捨てることはできなかったのですね。
3.11の津波の際の、避難の映像がフラッシュバックしてきました。
津波の際も、身に迫る危険を知りつつ家族を探しに行った方や、
最後まで職責を果たそうとした消防団や役所の方が多く犠牲になりました。
生死の境目とはどこにあるのだろう…と考えてしまいます。

それはさておき、その発掘調査にあたったのが、毎回説明をしてくださる松島栄治先生です。
発掘なさった方から直にお話を伺えるチャンスはそうざらにありません。
発掘された女性2人の遺体と石段の写真は教科書でも見ることができますが、
そこで得られる情報は視覚的なものだけで、たとえば匂い、触感などは全く分かりません。
実際にお話を伺うと、発見当時の様子が生々しくよみがえります。
予期せぬ遺体の出土に、どんなに驚かれたことでしょう。

発掘のお話もとても貴重なお話ですが、鎌原村再興にあたって、
身分や貧富を乗り越えて、生き残ったものが寄り集まって家族を形成していく、と言う話は感動的です。
私たちのような、血縁と愛情で結ばれた家族は最高だと、松島先生はおっしゃいます。
「家族とは何か」、改めて考え直すいい機会になりました。

さて、お話を伺った後、鎌原観音堂にお参りし、次は浅間園・火山博物館へ。



溶岩の間をハイキングし、その後昼食を取りました。
午後は峰の茶屋から白糸の滝へハイキング。
3キロ足らずの道ですが、急な下りもあり、一汗かきました。
白糸の滝の冷たい水に手を浸し、皆大喜びでした。
白糸の滝から寮までは1時間足らず。
楽しい一日となりました。