【PC特別委員会】マナー講座

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三輪田の風
 9月27日に、マナー講座の授業がありました。日本舞踊家として世界を巡る花柳さんというかたを招いての授業です。
「マナー」とは何だろうか、とうう話から授業ははじまりました。マナーだなんて今更な、と思っていた私たちでしたが、いざ聞かれると戸惑います。マナーは常識としてなんとなくわかっているものの、きちんと考えたことは意外とありません。マナーとは礼儀作法のことでした。
 “マナー”は私たちには当たり前のことですが、世界からは尊敬の眼差しで見られるほどきちんとしているようです。例えば、東北で震災があったとき。被災された方たちは配給の列に順番を守って並んでいました。しかし、もし日本でなかったらもしかすると、ものの奪い合いや喧嘩、泥棒等の事件でパニックになっていたかもしれないとのこと。
 そして次に、“おもてなし”について話になりました。ついに2020年のオリンピックも東京に決まりました。そのころは私たちは21、22歳になっています。観光客のおもてなしをするならば最もの若手として活躍することになります。そこでもし外国人から、What does it mean?などとおもてなしの意味を聞かれたらどうしましょうか。外国にはおもてなしという言葉がなく、そんな外国では日本はよく頭を下げる国だと印象をもたれることもあるようです。確かに、日本人は謝るときも、お礼をするときも、挨拶するときも頭を下げます。それはそれが日本で当然の礼儀になってるからです。(因みに、頭を下げる、というのは昔は“あなたになら首斬られていいです”という意味だったらしいです。いかにもジャパニーズサムライな感じがしますね。)おもてなしは、おじぎではありません。単なる動作だけでなく、そこに心を込めたかどうかが大切だそう。礼儀から形式化してなんとなくやってる挨拶も、本来ならば心を込めてやらなければ意味がないのです。
 そのあと、私たちは上履きを体育館の赤いラインに沿って一列に並べました。綺麗に赤いラインに沿わせたつもりですが、並べるとなんとなくバラバラに見えます。なんででしょうか。それは私たちが赤いラインに沿わせようとしたからうまく並べられなかったのです。つまり、隣の人とあわせる、人に気をくばることができていなかったからできなかった、ということです。こうして、実際にまわりに意外にも気が配れていないことがわかりました。
 それから「輪をもってたっといとなす」という言葉を教わりました。これは大昔に聖徳太子が十七条の憲法に書いた言葉です。輪はつながっていてこそ輪。どこかが少しでも欠けてしまえば輪ではなく線なのです。大昔からわかられてきたことだったんですね。

 最後に、日本舞踊を観賞してこの講義は終わりでした。日本舞踊とは足でリズムにあわせて音をだしながら踊るもののことです。太鼓と踊りをひとりで担当するような感じで、足はふわふわ、手はきびきびと動き、思わず見入ってしまうような踊りでした。

 マナーはこれからも生きていくのに必要なことです。今回、ちゃんと見直す機会をもってよく見直せたのはよかったなと思いました。