27回生の同期会

投稿日:

たま鑑
私が三輪田を卒業したのは1976年のこと。(すごい昔!)
私たちは27回生と呼ばれます。
来年の3月に卒業する今の高3生は65回生ですから、卒業してからずいぶん時間がたったのだなあ…と改めて感じさせられます。
その間、私は大学にいるとき以外はずっと三輪田に係わってきたので、
あまり三輪田の変化がわかりません。
思春期・青春期を同じ時期に同じ環境で過ごした仲間たちは、
あの頃の三輪田、そして今の三輪田をどう見ているのでしょうか。

昨日、3年ぶりに27回生の同期会があり、60名以上のオールド三輪田生が集まりました。
同期会の幹事は持ち回りなのですが、今回の幹事は在学中バレー部で
張り切って活躍していた人たち。
案内状に、あのころはやっていた『アタック・1』の鮎原こずえが書いてあり、ちょっと感激しました。
(私たちの学年色はピンク。鮎原こずえもピンクのリボンでした。)
さすがバレー部だけあってチームワーク抜群。
1学期のうちから準備のために何度か三輪田を訪問してくださり、写真を撮ったり、松操会に掛け合ったりしながら当日流す映像の作成や、案内状の手配などをしてくれました。

さて、久しぶりに仲間と会ってみると、皆その瞬間に三輪田生に逆戻りしたよう。
幹事さん特製のDVDを見ながら、自分たちのころの三輪田と今の三輪田の間を行きつ戻りつ、話は尽きません。
気がつくと、お互いをあの頃使っていた愛称で呼び合っていて、
みんなもう50代の半ばだというのに、そんなことを忘れるひとときでした。

担任の先生も2人おいでくださり、D組担任の佐藤恭子先生は84才におなりとのことでしたが、相変わらずかくしゃくとしていらっしゃいました。
A組担任の神澤光子先生は7月にお病気をされた後だけに心配していましたが、すっかり元気なご様子に一安心しました。
私にとっては恩師であり、同時に職場の先輩として教員のイロハを教えて頂いた方々。いろいろな意味で頭があがりません。

                     佐藤先生・神澤先生と

三輪田の同期会の時、いつも思うのは、皆自分自身の今を語る人たちだということ。
子どものこと、伴侶のこと、自分を取り巻く環境のことよりも、久しぶりに会った友だちに「今の自分」を語れるということは、ステキです。
人生で心が一番柔らかい時期に、同じ環境で同じ刺激を受けて育った仲間だからでしょう。また、それだけ今の自分、ここまで来た自分に誇りを持っているということです。
ところで、卒業後35年以上たって、今の三輪田をどう感じているのでしょうか。
「校舎も制服も変わっても、三輪田の生徒の雰囲気は変わらないね。」
「市ヶ谷に来ると、三輪田の子はなんとなくわかるよ」などと言ってもらい、ちょっとホッとしました。

有り難いことに、27回生の皆さんは私の応援団でもあります。
今回も「たまちゃん、がんばって!」という温かい励ましの言葉をたくさん頂きました。
私たちの大切な三輪田を思い出と共に守っていきたいと思います。