今日は震災の日

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たま鑑
今日は3年前、あの震災があった日です。
今、4時少し前。
あの時今頃は対策本部を立ち上げ、
校内の安全確認や生徒の点呼はすんでいましたが、
どういう事態になっているのかわからず、外の情報を集めている最中でした。
電車復旧の目途が立たないことがわかると、生徒を留め置く方針を立て、
夕食の手配と平行して、生徒を体育館に再集合させて状況説明したのは5時近かったでしょうか。

実はその前日、3月10日は私の誕生日です。
たまたま10日の夜研修会があり、帰りが遅かったので、
「誕生会は明日の晩にしてあげる」と子どもにいわれていたのでしたが、
結局その晩は生徒300名以上と共に学校に居残ることになりました。
もう、誕生会どころではなく、そんな約束はきれいさっぱり忘れていました。

ニュースで映し出される岩手や宮城の様子には、思わす凍り付きました。
この現実を生徒に知らせるべきかどうか。恐怖心を煽るだけではないか。
迷いましたが、教室のテレビでニュースを見せたのは正解だったと思います。
お泊まり気分が吹き飛んで、緊張をもって過ごすことが出来ました。

今でもこのときの記憶が生々しく、誕生日は二の次…という気分になってしまいます。
このところ、テレビで盛んに復興特集を報じていますが、
被災者の皆さんの生活は、少しでも良い方に向かっているのでしょうか。
私たちに、どんな支援ができるのでしょうか。

…と思っていたところ、今朝、卒業生から一通のメールが届いていました。
彼女は学校近くの大きな病院の看護師さんとして勤務していたのですが、
そこを退職して、4月から福島県相馬郡の病院へ就職するというのです。

「震災の影響で、福島県の浜通りは看護師が不足してます。自分に何かできるとか思わないけど、マンパワーの一員として、私が行くことで、1人分の力が増え、向こうの看護師さんを休ませてあげられるかも。医療の復興に自分の持ってる資格が生かせるのではないかと思って行くことにしました。」
と彼女は書いていました。

在学中は音楽クラブで熱心に活動していて、
看護師さんになってからは「音楽療法もできるんじゃない?」などと
からかったりもしていました。
そんな彼女が、生まれ育った東京から被災地の医療現場へ。
すごい決断だと思いました。
遠く離れた東京からテレビを見て心配するだけの自分が、ちょっと恥ずかしくなりました。
でも、行動できる女性が育ったことを確信して、とても嬉しくなりました。
三輪田が育てたいのはこういう女性ではないか、と思っています。