明日はハロウィンですが…

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たま鑑
すっかり秋の気配になり、学校の周りの木々も少しずつ色づいてきました。
校庭の隅に柘榴(ざくろ)の木があるのですが、
大きな実がいくつもなって、しかもぱっくりはじけ、校庭でテニスやボール遊びをしている生徒の注目を集めています。
先日、養護の先生が一つ収穫し、保健室に置いてありました。
私もお相伴にあずかりましたが、酸味の強い、独特の果実の味が口に広がりました。
でも保健室に来る生徒たちは、食べ慣れない果物に手をだす人はあまりいないそうです。


それにしても、収穫の秋。
柘榴に限らず、果物や野菜、魚などが美味しい季節です。
今年は気候の上では晩夏から初秋への移り変わりを楽しむ暇はなく、
気がつけば秋が深まってきてしまいましたが、
スーパーマーケットの店頭を見て、改めて秋を感じているこの頃です。

収穫といえば、このところ、街はハロウィンで賑わっています。
至る所にカボチャのディスプレイ。
魔女やデイズニーのヒロインや映画のヒーローに扮装したちびっ子、親子で仮装を楽しむ人たちを多数見かけます。
ハロウィンの起源はケルト民族の収穫祭にあると聞いたことがあります。
ケルト人の1年を締めくくり悪霊を祓う祭が、キリスト教の中に混入し、
別の形で残ったということでしょうか。(ここのところは諸説あるらしいですが。)
キリスト教ではハロウィンは11月1日の万聖節の前夜祭。
万聖節は殉教した聖人を祭る宗教的行事です。
ここにケルト人の収穫祭や悪魔祓いの行事が混ざって、カボチャや魔女のイメージが使われるようになったのでしょうか?

イギリス人の知人は、「自分が子どもの頃は、こんなに大騒ぎするイベントではなかった。日本の感覚で言うと、節分くらいの行事。日本のこの盛り上がりには驚き!」と話していました。
日本だって、私が子どもの頃にはハロウィンなど聞いたことはなかったのです。
でも、今20代半ばのウチの子どもたちが小さい頃には、もうすでにハロウィンが子どものイベントとして広がり始めており、
10月には幼稚園にジャック・オー・ランタンの飾り付けがしてありました。(仏教系幼稚園なのに、です!)
どうやら日本でのこのハロウィン・ブームには、1970~80年代、キディランドや東京ディズニーランドが大きな役割を果たしているようです。

日本はもともと、外来文化を取り込んで吸収することが得意です。
そもそも民主主義の政治システムも西欧から取り込んだもの。
人権や平和といった今では当たり前の考えも、明治以後に吸収していったものです。
外来文化を取り込んで自国のものとすることは、決して悪いことではありません。
たとえば日本では、しっかりした日本料理の出汁をベースにして、
ラーメンのように本場にない中華料理や、たらこスパゲッティやあんぱんのような独特の製品を作り出しています。
これは日本の得意とする創意工夫の賜物。
しかし一方で、外来文化を換骨奪胎して、アミューズメントやある種のファッションにしてしまうということも行ってきています。
例えば、クリスマスや明日のハロウィンのように。
外来のイベントをアミューズメントとして楽しむことはよいと思います。
しかし私は、少なくともそのイベントにどんな背景があるかを知って楽しむ必要があるのではないかと思っています。
特にそれが、本来宗教的背景を持つものであるなら、なおさらです。
これからグローバル化が進む中で、様々な宗教を持つ人が日本にも増えてくるはずです。
宗教はそれを持つ人にとって、極めて重要で繊細な問題。
ですから私は、宗教的背景を持つ行事を、単なるアミューズメント化することに、少し疑問を抱いているのです。
某チョコレート会社が仕掛け人といわれる、バレンタイン・デーのチョコレート大交換会のように、
ハロウィン・ブームも誰かに踊らされているのでは?と思うのは、
うがった考え方でしょうか。
最近では、キリスト教徒の間でもハロウィンの宗教的意義は薄れてきているとも聞いていますが…。

それはともかく、ハロウィンで盛り上がった皆さん、
来年の節分の豆まきはお忘れなく。
近頃、一般家庭ではめっきり行われなくなったとか。
でも、「悪霊を祓う」という意味では、ハロウィンと全く同じ、
日本の伝統行事です。