仕事納め、大掃除

投稿日:

たま鑑
今日は年内の仕事納め。
生徒たちの部活や補習も今日までです。
そのせいか、テニス部やバスケ部は他校から生徒さんが来校し、合同練習や試合をしています。
今日は朝からとても寒いですが、清々しい冬晴れ。
元気に動き回る生徒を見ていると、私も元気を貰えます。

私のいる校長室は職員室のどん詰まりにあり、8畳弱の部屋です。
整理が下手な私は、いつも原稿のネタになる本や資料、さらには
書類・書きかけの原稿のプロットなどそこら中に積み上げており、これでは新年に年神様をお迎えすることもできまい、と今朝から掃除を始めました。

ところがこれがまた、なかなか進まない。
捨てる前に一応目を通すと、そこでストップしてしまうのです。
「断捨離」がスパッとできる人が、本当に羨ましいです。

そんな中で、10年程前に参加したシンポジウムの記録が見つかり、懐かしく手に取りました。
そのシンポジウムとは、当時国立教育政策研究所の総括研究官でいらした結城忠先生の講演で、「私学の自由と私学助成」という演題でした。
10年前の私は、まさかこんな仕事をするハメになるとは思っていなかったのですが、国際的な教育学者である結城先生のお話を伺いたくて、出かけていったのを思い出しました。

この講演で、結城先生が仰っていた私学の役割と意義とは、単なる公教育の補完ではなく、宗教や創立者の強烈な思想で成り立つ独自性の高い教育機関であるということです。
国公立の学校では到底不可能な、或いは容易に実現できないようなユニークな教育を提供することができるのが私学なのです。

ただ、日本の場合、欧米諸国の私学に比べ、相対的に私学の独自性が弱い、と結城先生は指摘されています。
それは、日本の近代教育の草創期、つまり明治期の教育政策に原因があるとのこと。
明治憲法では、教育を受けることは国民の三大義務の一つとされていました。学校教育権はあくまで国家にあったので、私学は特許に基づいてのみ設置することができました。
また、国家事業の一部として私学が位置づけられることもありました。
戦後、日本国憲法の下では、教育を受けることは義務ではなく、「権利」です。
私立学校法第1条では私学の自主性が明記され、それぞれの特色ある教育を国家のためでなく、そこに集う生徒のために行えるようになりました。

生徒の皆さんには、現在学ぶことは義務ではなく、権利だと言うことを、しっかり頭に入れておいてほしいものです。
また、私立学校は変化する社会の要請に応えつつも、それに阿ることなく、独自の教育を貫いていくべきだと改めて思いました。
今後の目標が少し見えてきた気がします。

平成26年度の校長ブログは今回で終わりです。
来年早々にまた書き始めますので、どうぞ来年もよろしくお願い致します。
皆様、良いお年をお迎えください。


  掃除が済み、ようやく新年のディスプレイ