200万ドルと4億円

投稿日:

shin-no-michi
 いきなり庶民にはリアリティのない金額を二つ並べてみました。何の数字か分かりますか? ヒントは、ヤンキースと日本人。……これでも女子高生には難しすぎますかね。
 答は、2015年シーズンの野球選手二人の契約金額です。200万ドルはイチロー選手がメジャーリーグのマーリンズと交わした単年契約の金額。4億円は黒田博樹投手が広島東洋カープと交わした、やはり単年契約の金額です。
 と、ここまで書いて、このブログを読んでいる人の多くが、「ふうん、それで?(やっぱりプロ野球の選手って一流になるといっぱいもらうのね)」くらいにしか思っていないのではないかと思います。しかし、二人を知る者、そして日米のプロ野球事情をある程度知っているものにとっては感慨深い数字なのです。

 二人とも、昨シーズンはニューヨークヤンキースでプレイしていました。イチロー選手は改めて紹介する必要はないでしょうが、黒田投手を知らない人は結構いると思うので簡単に。大学野球から広島に入団し、長年エースとして活躍していた右投手です。その後FAでメジャーリーグのドジャースに、その後ヤンキースに移籍、メジャーでも安定した成績を残しました。昨シーズンまで5年連続で10勝以上を挙げていますが、これは日本人初の快挙です。昨シーズンのヤンキースと言えば、マー君こと田中将大投手が話題になりましたが、シーズンを通して安定したピッチングを続け、先発ローテーションを守ったのは黒田投手だけ。仲間やファンから一番信頼されていたのは黒田投手だ(った)といっていいでしょう。
(黒田投手に興味を持った人は、Wikipediaのリンクからどうぞ)

 人気も実績も十分な二人が、しかしヤンキースを離れ新天地(黒田投手は「復帰」ではありますが)を選んだのは両者それぞれの事情があります。
 もはやレジェンドと言っていいくらいの実績を残してきたイチロー選手も今シーズン中には42歳を迎えます。彼をレギュラーで迎えようというチームは、ヤンキースを含めてありませんでした。最高年棒だったマリナーズ時代の1800万ドルと比較すると、オプション付きとは言え200万ドルという金額は低いと言わざるを得ません。
 日本球界に復帰すればその倍以上を出す球団はあるはずですが、彼の中にその選択肢はなかったようです。それは、メジャー通算3000本安打まであと156本という記録へのチャレンジ、そして最高レベルでの野球を続けたいという気持ちからだろうと思います。

 一方、黒田投手の選択は多くの人を驚かせました。この2月に40歳になりましたが、その安定したピッチングから複数のオファーが来ており、1800万ドル(21億円)の条件を出したチームもありました。しかし、それらのオファーを全て断り、かつて日本でプレイした広島東洋カープへの復帰を決断したのです。年俸4億円はカープ史上最高年棒であり、球団としても相当に無理をしているのですが、その5倍以上の条件を蹴ってカープに戻って来たことになります。現役バリバリの状態で日本人メジャーリーガーが日本球界に復帰する例は極めて異例、というより初めてのことです。
 実は、メジャーに行く時から彼は「最後はカープ」「日本球界に復帰するならカープしかない」と発言しており、球団もここ数年、「ダメ元」でオファーを出し続けていました。本人も相当に悩んだようですが、「あと何年野球が出来るか分からないですし、その中で1球の重みというか、そっちを考えた時に日本で、カープで野球をすることの方が、1球の重みというか、それを感じられるんじゃないか」と、決断の理由をインタビューの中で語っています。

 イチロー選手と黒田投手の「決断」。後者の方が「かっこいい」と思う人もいるかもしれませんね。確かに日本人好みの話ではあります。「金ではなく自分の気持ちを優先し」、「メジャーでもまだ十分に勝てるのに」、「育ててもらった恩義ある球団(カープ)とファンに恩返し」ですから。
 しかし、二人の決断自体に本質的な違いはないと私は思います。「金ではなく自分の気持ちを優先」という点は同じです。その「気持ち」とは「自分の納得できる野球ができるかどうか」であり、それを実現できる「場」が二人の中で違っていたに過ぎません。
 とはいうものの、野球選手という生き方(キャリア)に関する二人のベクトルは、異なる方向を示しているように感じます。あくまで自己の理想とするプレイを追求し続けるイチロー選手。大切に思う他者(球団・ファン)を喜ばせる野球を選択した黒田投手。究極的に求めるプレイヤーとしてのパフォーマンスは同じなのかもしれませんが、その志向の違いが二人の個性を感じさせ、興味深く思います。
(と言いつつも、やはり黒田投手の生き方に共感・感動してしまう私がいます。それは、広島県人の「血」のなせるわざとしか言いようがないですね)

 閑話休題。このことは、進路・キャリアを考えていく際、何がポイントになるかについてのヒントにもなるのでは……と思います。同じ職種を選んでも、その動機や仕事を続けていく上でのやりがいまで同じとは限りません。例えば医師という仕事を、学問的・技術的な追究という面から選ぶ人、人々との交流という面から選ぶ人どちらもいるでしょう。もちろん大前提として「人の命を救いたい」という思いは共通しているにせよ、「どんな医師になりたいか(でありたいか)」には様々なパターンがあっていいと思います。
 進学も就職をあくまでステップの一つと捉え、その後のキャリアまで含めて進路を考える時、軸になるのは案外抽象的なことなのかもしれません。

「一つのことをじっくり時間をかけて極めていきたい」
「色々な人と交流して自分の枠を広げていきたい」
「豊かな自然と共に、穏やかな暮らしをしていきたい」

 こういったそれぞれの思いを軸に、興味や適性のある分野への進学・就職を考えることが、入学後・就職後のギャップをなくす、少なくとも減らすことにつながるのではないかという気がしています。