大石又七さんからのメッセージ

投稿日:

たま鑑
昨日、中学2年生が大石又七さんのお話を伺いました。
大石さんは、1954年、ビキニ環礁でのアメリカ水爆実験の時、第五福竜丸というまぐろ漁船操業中に被爆なさった方です。
大石さんが20歳の時でした。
以来、この事件を何とか早く収束したかった当時の日本政府やアメリカの圧力に屈せず、この事件を伝え続けていらっしゃいます。
三輪田では、もう10年以上この講演会を続けていて、
今では平和教育の中の重要な一部になっています。

ビキニ事件から60年以上たった今、人々の記憶の中から薄れていっているように感じます。
私自身生まれる前の出来事なので、リアルタイムで事件を知ることはできませんでした。
その意味では私も生徒と同じ。
ビキニ事件は、日本の3回目の被爆として、やがて消える記憶ではなく、しっかりした記録として残していくべきだと思っています。

                     大石さん(右)と市田さん

大石さんは82歳。
数年前病に倒れ、不自由なお体なのに熱心にお話くださいました。
また、第五福竜丸展示館の学芸員・市田さんがスライドを使ってわかりやすく事件の概要や位置関係などを説明してくださいました。、
この講演会をうけて、生徒たちはこの事件や核兵器を持つということについて、深く考え始めたようです。
お正月早々、近隣で水爆?実験がおこなわれたと報道がありましたが、大石さんはこの件にも触れ、「核兵器の恐ろしさを国民が知らされていないから」と仰いました。
だからこそ、今回のようなお話を伺って、積極的に学ぶ必要があるのです。
「核兵器を持つことが戦争の抑止力になるという考えを持つ人もいるが、はたしてそうだろうか」とも仰いました。

大石さんの講演を聴いて育った三輪田の子たちは、今後核のない未来を築いてくれることと思います。