大正時代の有名女性番付

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たま鑑
先日、三輪田の卒業生で組織している松操会の常任委員会があり、
その後で、卒業生からの情報として、面白い資料に三輪田眞佐子の名があると教えて頂きました。
インターネットで検索できるというので、早速調べてみると…

ありました。『大正評判女番付』。
相撲の番付表になぞらえた、当時活躍した女性の格付表です。
勧進元は与謝野晶子、跡見花蹊。
東の横綱は銀行家・廣岡淺子、西の横綱は女性実業家・峰島きよ。
平塚雷鳥や吉岡彌生、下田歌子などと共に、三輪田学園の創立者・三輪田眞佐子の名前も「張り出し小結」として掲載されていました。



こういう番付に三輪田眞佐子の名前が「教育家」という肩書きで掲載されていることは、当時の教育界における三輪田眞佐子の重要なポジションを表しています。
それはそれで喜ばしいことなのですが、はて、この番付、どういう意図で作られ、誰が見たのだろうと疑問に思いました。
大正時代は女性の目覚ましい活躍が評価された時代ではありますが、
こういう形で格付けを行うのは、おそらく称賛半分、興味半分というところだったのではないでしょうか。
女性達の自己実現の努力を、紳士の皆様はこんな具合に格付けしてみていたのか…と、ちょっと驚きました。

『大正評判女番付』に登場する女性達は、様々な社会的な制約を感じつつも、きっとさらなる高みを目指して、それぞれの道に邁進していたのでしょう。
それを一緒くたにして格付け、う~ん、何だか納得いかないなあ。
そもそも「格付け」という上から目線に抵抗を感じてしまうのです。
どう思われますか??

先日のアメリカ大統領選挙で、ヒラリー・クリントンが敗戦の弁の中で「大統領という最も厚いガラスの天井を破ることができなかった。」と述べていました。
ガラスの天井とは、ジェンダー論で言うところの「女性であることによって生じる職業上の昇進の限界」を指すのでしょうが、私はこの選挙結果がガラスの天井のせいだとは考えていません。

自己形成をする中高時代に女子だけで成長すると、ガラスの天井という感覚そのものがありません。
天井どころか吹き抜け状態?なのが女子校です。
すべてを女子だけで取り仕切るので、好きなだけ上を目指していけるのです。

それでも社会に出れば、その現実に気づきます。
例えば、全国高等学校長会に出席すると大半が男性の先生方で、女性校長はほんのわずか。
「なるほど、これね…」と思うものの、それで臆するようでは女子校出身の名が廃るというもの。
ジェンダーを意識せずに振る舞うことができるのも、女子校出身ならでは、です。


クリントン氏は「私たちが思うより早く、誰かがガラスの天井を破るだろう」と続けていました。
私は、それはきっと中高時代を女子校で過ごした人だと思います。
だって、女子校にガラスの天井はありませんから。
当たり前のように、昇って行くはずです。