中1合宿 1年は組

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たま鑑

今日は朝から霧。昼頃ようやく晴れて、ろ組が帰途につきました。
替わってやってきたのは最後の追分合宿となる、は組の皆さんです。
寮のスタッフの皆さんに挨拶をしたのち、シーツなどのカバー類を持ってベッドメイキング。
追分寮の寝室は2段ベッドになっていて、1室10人泊まれるようになっています。
まずはどこのベッドに寝るか決め、早速ベッドメイキングにかかりますが、
何しろお家でそんなことやったことがない、と言う人がほとんど。
悪戦苦闘しながらシーツや布団カバーを掛けていました。

班長さんと副班長さんが館内の設備の説明を受けた後、全員で寮周辺散歩に出かけました。

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三輪田で国語を教えていた歌人・奥村さき先生の句碑

私が中1追分合宿に来たとき、寮のすぐ先は一面のキャベツ畑でした。
華道部員だった私は、追分合宿に来たとき、寮近くで摘んだススキや草花で花を生けた記憶があります。
その頃から見ると、この周辺もずいぶん家が建ちましたが、
それでもまだまだ自然がいっぱい残っていて、雑木林に囲まれ、近くには御影用水が流れています。
この環境にいると、なんだか心が和んできます。
色を識別できる生き物が最初に認識する色は「緑」だと、何かの本で読みましたが、ヒトにとっても、緑は大切な色だとしみじみ思います。

は組は明日、浅間山周辺の見学とハイキング。
3泊4日を過ごして帰京します。
は組が帰ると寮は終わり。
昭和40年から続いてきた追分寮が静かに幕を閉じます。
体育館など施設の老朽化のため、寮の閉鎖を決意しましたが、
私にとっても思い出のたくさん詰まった追分寮。
大学生の時を除くと、12歳から現在まで、ほぼ毎年一定期間夏をここで過ごしました。
追分寮に感謝しつつ、私は明日帰京します。