奥村さき先生の歌碑

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たま鑑

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朝やけの 山にむかひていふことなし

   さばさばとわが身ひとりのあゆみ

        奥村さき 歌集「石をかむ」より

卒業生、中2以上の生徒の皆さん、追分寮の校庭の片隅に、奥村さき先生の歌碑があったのを、皆さん覚えていますか?

奥村さき先生は昭和13年から40年まで、戦争の激動の時代を三輪田の国語の先生として勤務なさっていました。

同時に、尾上柴舟門下の歌人としても有名な方でした。

私が入学したときにはもうご退職したあとでしたが、中1で追分寮に行ったときに、この歌碑の説明を受けました。

この歌が詠まれる少し前に、長年連れ添われた伴侶が亡くなり、失意の時を過ごされていたとか。

追分で浅間山を見て、一人で歩き出そうと決意なさった時のものと聞きました。

追分寮の校庭からは浅間山がよく見えました。

私も、美しいと言うよりは力強いこの山の姿を朝晩見ながら、夏を過ごしてきました。

散歩しながらよくこの歌碑のところに行きましたが、この歌の「さばさばと」という言葉が、思い出に引きずられずに生きようとする、自立した女性を象徴的に表していて、とても素敵だと思っていました。

今年度から追分寮は閉鎖することになり、誰も訪れることのない場所にこの歌碑を置き去りにするのは、なんとも申し訳ないと思いました。

そこで、軽井沢町役場に相談したところ、追分郷土館の隣にある追分公園の中に移設させてくださるということになりました。

本日移設が完了したとの連絡をいただき、安心したところです。

この歌碑は奥村先生が退職した昭和40年に卒業生有志によって建立されたもの。

私たち卒業生にとっては、追分の記憶の一部になっています。

追分公園で多くの方に見ていただけたら本望だと思います。

また、浅間山をご神体とする浅間神社の境内でもあるので、奥村先生もお喜びなのでは...。

追分寮が閉鎖されても、私たちも「さばさばと」次のステージへ前を向いて進んでいきたいと思います。