外濠散歩

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たま鑑

今日は終戦記念日。暑い。

1945年のこの日も暑かったと、父が言っていたのを思い出します。

一昨日まで海外へ視察旅行に行っていて、今日から出校です。

朝9時に永田町駅に集まって、外濠フレンズの7名と一緒に外濠散歩に行きました。

昨年も夏休みに外濠散歩に行き、四ッ谷駅から新宿区側の外濠沿いを探索しましたが、

今回は永田町から市ヶ谷までを歩きました。といっても、1時間ちょっとの行程です。

永田町の都道府県会館前からスタートして旧グランドプリンスホテル赤坂の旧館を見学。

美しいチューダー様式の洋館は1930年に建てられた旧李王家東京邸です。

その後、グルと回って清水谷へ。この付近で大久保利通が暗殺された、等と話ながら、弁慶濠に出ました。

弁慶濠はボート乗り場などがあり、学校近くの新見附濠とはちょっと違った風情です。

水自体はそこそこきれいで、水中には藻がたくさん生えているのが見えます。

しかし、残念ながら独特の「どぶ臭さ」は若干ありました。

そこから弁慶濠に添って四ッ谷方向に歩いて行くと、濠のどんづまりになり、そこから先は上智大学のグラウンドになります。

実はここは真田濠と呼ばれていた外濠の一部でしたが、関東大震災や東京大空襲の瓦礫の始末のために埋め立ててしまった、と聞いています。

そこから今度は赤坂離宮迎賓館へ。

ここは紀州藩の屋敷跡で、明治42年にジョサイア・コンドルの弟子、片山東熊により設計、建設されました。

華麗なネオ・バロック建築で、現在も外交儀礼の場としても使われています。

残念ながら今日は内部の見学はできず、外から眺めるだけでした。

その後すぐに四ッ谷駅に。四ッ谷見附跡を見ながら外濠公園に入ります。

こちら側の外濠公園は桜より松が多いのが特色。

市ヶ谷濠に沿って涼しい木陰を歩いて行くと、程なく市ヶ谷へ。

ここで解散となりました。

今日歩いた麹町・赤坂界隈は、江戸時代は紀州藩の上屋敷や有力大名の屋敷があったあたり。

三輪田のある一口坂・番町界隈は旗本の居住地区だったそうなので、江戸時代は町の景観もずいぶん違ったことでしょう。

外濠を歩いて、「外濠をバックに緑とビルが共存しているところがいいね。」と、参加者の感想でしたが、

東京はやっぱり水の都市!という結論です。

ですから、この景観を保全し、水質を改善して行かないと。

外濠フレンズの活動、もっと活発化させたいです。

ところで、8/4のブログに、カナダ研修の皆さん、お帰りなさいと書いてしまいましたが、あれは私の勘違いでした。なんと、去年の栞を見て、そう思い込んでいただけでした。

7日に無事に帰国したとのこと、学校にいたのでお迎えに行けず、申し訳ありませんでした。

明日から生徒登校日に。

三輪田祭の準備や補習・部活で忙しくなりそうですね。