大正時代の修学旅行

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たま鑑

先日、香川県の農業大学校の先生からお電話を頂きました。

資料を整理していたところ、三輪田高等女学校と書いた写真葉書が出ていたとのこと。

早々お送りいただいて、驚きました。

なんと、大正3年の修学旅行、しかもポストカード仕様になっていました。

傘をさし、袴姿の女学生が、たくさん写っています。

写真の下には右から「大正三年六月二日 三輪田高等女学校修学旅行記念」の文字が。

場所はどこでしょうか。海辺?あるいはどこかの湿地?

三輪田高等女学校では、明治42年から修学旅行が始まっています。

最初は日光へ1泊旅行だったそうですが、その後大磯などにも行ったと聞いていますので、大磯の写真かもしれません。

大正13年には7泊8日の関西旅行、昭和15年には10日間の北海道旅行をおこなったとの記録があります。

戦時中も、ぎりぎりまでお米を持参した修学旅行があったと大先輩から聞いたことがあります。

修学旅行はフィールドワークとしての意味も重要ですが、

親元を離れて集団生活をおくるトレーニングの場でもあります。

おそらく親元を離れるなど初めての方が多かったでしょうから、当時のお嬢様にとってはドキドキの体験だったことでしょう。

現在では、修学旅行の意義も少し変わってきているように思います。

実地学習・フィールドワークという意味は変わりませんが、国内旅行での団体生活にそれほどドキドキ感はないのではないでしょうか。

今の生徒たちが大正時代の女学生が味わったようなドキドキ感を味わえるのは、海外研修や留学になっていると思います。

グローバル化によって、それだけ学びのステージが広がり、生徒の体験も広がっている、ということですね。

現在、三輪田の修学旅行は中3で広島、高2で関西。

生徒が外へ出て行く時代だからこそ、この国に住む者のルーツとしての文化や伝統と、

唯一の被爆国としての平和への思いをしっかり持ってほしいと思っています。

外国の方と交流する際の土台となるもの。

ただの合宿ではなくて、ここのところを身につける学習旅行になってほしいと思っています。