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あの日から10年…

たま鑑(たまかがみ)

たま鑑(たまかがみ)

体育館に集まって就寝<br /> 体育館に集まって就寝

学年末試験も今日で終わりです。
大変な一年でしたが、あと少しでこの年度も終わります。
おそらく、10年後の歴史の教科書の中に、この年のことが記録されるでしょう。
その中に、私たちは自助努力でこの危機を乗り切った、と書かれていることを願います。

10年、といえば、明日で東日本大震災から10年です。
こちらの方も歴史に残る大災害で、原発事故と相まって、まだまだ過去のことになっていません。
あの日の三輪田学園の様子は、忘れることができません。
2011年3月11日。
前日までの学年末テストを終え、11日は試験休みでした。
そのため、午後の活動で校内に残っていいたのは342名。
(三輪田学園には長期休業中は、自分で玄関にある登校簿に記入することなっているので、その数を数えれば在校者が把握できます。マニュアルなやり方ですが、インフラがダウンした場合も想定して、今でも継続しています。)
私はというと来客中で、お客様と話していたらお出ししたお茶が茶托ごと20cm以上行ったり来たりしたので慌てたことを覚えています。
しばらくして揺れが収まったのでまず校庭で生徒の安否確認。
幸いなことに全員の安全が確認され、各自いったん活動場所に戻りました。
校舎は前年の8月完成したばかりでしたので、建物の被害はまったく心配はありませんでした。
しかしまた大きな揺れが。
この頃にはプールの水があふれ、緑奥階段に流れ出たことが確認されています。
震災の時プールで泳いでいた水泳部員は、顧問の指示ですぐに水からあがり、プールサイドに避難していたそうです。
その後すぐに電車がストップしていることがわかりましたので、
防災委員会を立ち上げて在校教職員で協議、安全が確認されるまで生徒を学校にとどめることに決めました。
ここで在校していた教職員が手分けをし、生徒の対応係と買い出しなど防災物資の手配をする係に分かれました。
生徒対応の係は生徒を体育館に集め、震災の規模と今日はおそらく学校に宿泊することになると説明し、物資手配の係はお米やパンの買い出しに近くのスーパーに向かいました。
幸いインフラはまったく問題がなかったので、調理室でお鍋やお釜を総動員してご飯を炊き、温かいお茶とともに生徒に配る準備を始めました。
もちろん、乾パンやカロリーメイトなどの備蓄品はありましたが、パニックになっている生徒たちに、温かいものを食べさせて少しでも落ち着かせたい、という思いがありました。

この頃には帰宅困難者の行列が靖国通りや一口坂付近に集まってきていました。
体育館に集まった生徒たちは不安そうにしていましたが、
今日は学校に泊まると説明すると、なんだか合宿気分ではしゃぐ子もありました。
これは被害の重大さをわからせる必要があると思い、教室棟のテレビでニュース映像を見せました。
押し寄せる津波、流される家々、分断された道路や崩落した橋、倒壊した建物……。
この映像を見た途端、生徒の顔つきは変わり、これがどのような状況か理解しました。
生徒たちは体育館で学年ごとにまとまって寝ることになりましたが、中には恐怖で泣き出す子もおり、教員は生徒の対応に追われました。
携帯電話での連絡はできない状況でしたので、玄関にある非常時対応のピンク電話で一人ずつ家に電話をさせ安全を伝えました。
この時、「下級生から順番に」と説明しても誰一人不満をもらさず、きちんと2列に並んで順番を待っていたことが印象的でした。
心配した親御様が何時間もかけて夜中に車で迎えにいらしたケースもありました。
また、お迎えにいらして親御様も帰れなくなり、一緒に泊まっていただいたケースもありました。

翌日、学年ごとにわかれて、簡単な朝食を取りました。
その後徐々に電車が動き始めたので、同じ路線で帰る生徒たちがグループを作り、教員の引率で少しずつ帰宅を始めました。
三輪田では、同じ路線で帰る生徒が学年を越えて一緒に帰る帰宅訓練を長年実施しているので、この時はグループの最上級生がリーダーとなって、安全に帰宅できました。

朝、中学1年生が迎えにいらしたお父様にすがりついて泣いていた姿を見て、生徒たちの心にどんな影響を与えたかと心配になりました。
この時の中学1年生は今はもう社会人で、校内で被災したことを覚えている生徒はいません。しかし、あの日の記憶は教職員の中でしっかり共有されています。
この経験を活かして学園の防災対策を再構築し、防災・減災教育も進めています。
非常食や飲料水の備蓄は、全校の1000名以上の生徒が学校に3日間泊まれる分以上に用意してありますし、女子校なので女子ならではの配慮もしっかり。
プールの水は災害用トイレの水洗や簡単なシャワーにも使えます。
ご家庭との連絡体制や、通学途中での被災に備えた避難校ネットワークや防災マップの準備なども整え、学校にいればとにかく安全だから、といえる体制を整えており、保護者の皆様には「まさかの折には安全にお子様をお守りしますので、お迎えにいらっしゃる必要はありません。」と説明しています。

先日また、大きな余震がありました。
この国で暮らす以上、地震はつきものなのかもしれません。
だとすればなおのこと、防災対策と防災・減災教育が重要です。
あのときのことを忘れることなく、私たち一人一人が意識していきたいものです。
また、被災した方々への支援も忘れてはいけませんね。
被災した方々の思いを私たちも共有していきたいと思います。